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アウシュヴィッツ収容所 その2 [ポーランド旅行記(11年11月)]

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アウシュヴィッツ収容所の各国ガイドとしては日本人で唯一の中谷剛氏のガイドに耳を傾ける。ガイドは予約ができないので、もし他のツアーのガイドをしていると英語ガイドに添乗員さんの同時通訳で行われる予定だった。冬時間の日も暮れ出した頃で第二収容所のビルケナウにもこれから立ち寄るという時間的都合にも対応してガイドをしてくれた。
関西出身の彼の著作はアウシュビッツ収容所の実態とそのシステムや当時の国際情勢など多方面から研究されてある。展示の先方に中国人の団体がいたのだが混雑するとガイドが難しいし戦争被害国でもあるので先を譲りましょうとのことだった。

アウシュヴィッツ博物館案内

アウシュヴィッツ博物館案内



本は全て読んでないのだが読み易い本。
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来館者は毎年更新している。階段も来館者の往来ですり減る程。
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公開銃殺刑が行われていたという壁。壁には銃創がいくつもある。たくさん献花がされてありました。

ここから展示物の写真。一応カメラはOKなのだが被害者の私物の展示もあるので配慮して控えて下さいとのことだった。
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劇薬チクロンBが入っていた缶。
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チクロンBの錠剤のサンプル。
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メガネや義足、刈られた毛髪などがあったのですが生々しくて撮影できませんでした。毛髪は褪色して褐色になっていましたが、三つ編みの状態がみられました。他にも人毛で編まれた絨毯などもあって戦慄を覚えた。
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絞首刑場。鉄道のレールを取り付けた簡素なものだが数人まとめて吊るされたという。主に脱走者や反抗に問われた者の見せしめとして公開処刑だった。
エピソードとして脱走者が出たとして無造作に選ばれる10人の処刑者がいた中、自ら身代わりを名乗りを上げる人がいた。マキシミリアノ・コルベというカトリック宣教師は戦前日本にも宣教の為に来日されたことのある人だったが、ビルケナウにて身代わりに餓死刑に処された。
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処刑された遺体を処理する焼却施設。ここは公開されてある場所としては小規模のものだが1日200体程の焼却をしていたという。
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フェンスの向こう側に収容所所長だったルドルフ・フェルディナント・ヘスの邸宅があるらしい。そこでは妻と子供が一緒に生活していたという。大量虐殺が行われた収容所のすぐ近くでよき父親として生活していたという事実。妻子は一切知らなかった。そしてヘスの絞首刑にされた場所もすぐ近くにある。
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アウシュヴィッツ収容所 その1 [ポーランド旅行記(11年11月)]

ヴィエリチカ岩塩抗観光の後で昼食、バスでクラクフから西へオシフィエンチムという町へ。アウシュヴィッツ強制収容所が現在も博物館として保存されてある。第一収容所の外観は一時期社会主義体制下で荒廃した時期もあったがそのままだという。(博物館用に改築した建物もある。主な資料展示は第一収容所にある。)
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アウシュヴィッツ収容所は世界遺産ということもあってツアー客から個人の観光まで世界各国からやってくる。今年の来館者数は過去最多を更新中ということで、近年世界情勢が緊迫化していることに、人々は何かを案じているのではないかということだった。(当時はギリシャ危機や極右政党の進出など言われていた。)
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「ARBEIT MACHT FREI」 (働けば自由になる)を掲げた有名な門。Bが反転しているのはこれを作ったユダヤ人の職人が反抗の意を表す為にワザとしたという。
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中は広いが同じような建物が均等に並んでいる。元々ポーランド軍兵舎だった所に収容所として増改築を行ったそうだ。ここに1万3千人から多い時には2万人がひしめきあっていたという。
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『レバノン』(09年・イスラエル、独、仏) [映画(12年~)]

人間は鋼であり、戦車は鉄にすぎない。



ヴェネチア映画祭2009年金獅子賞受賞作
http://www.youtube.com/watch?v=TfM5NDhV6hk
内容
1982年6月6日深夜、イスラエル軍戦車に搭乗した4人は作戦を聞かされた後、歩兵部隊と一緒にレバノンの侵攻作戦に参加。戦車の外では一般市民を巻き込む市街戦が繰り広げられる。

戦争映画の中で潜水艦ドラマという乗組員たちの葛藤や音を利用した感覚的なアクションが一つのジャンルとして定着しているが、本作は戦車の中を舞台にしたある意味新しい戦争映画。戦車部隊を描いた作品は他にもあるだろうが、戦車の中からは一歩も外に出ないというスタンスは崩さない。戦車のスコープから外の戦闘を見るという緊張感から搭乗員の心理的ストレスをより実感する。戦争映画としてはものすごく地味。

搭乗員たちの戦闘に対する躊躇が見え隠れするシーンが多い。要領悪く撃っていいかで迷い、戦闘に巻き込まれた民間人の戦車に対する険悪な目を見る。レバノン戦争の概要をよく理解してから観ないといけなかったのか映画の中でも戦争の原因さえ搭乗員は知らない者もいる。ファランヘ党員(レバノンのキリスト教極右派)の誘導に懐疑的な歩兵部隊の隊長と乗組員は司令部からの信用しろの命令さえ疑問に思う。

カメラの手ブレによる戦場をリアルに描いた作品も多いと思うが、色々疑問に思った所をまとめてみた。
歩兵部隊の隊長が戦車の中にまでやってきて説教する
そもそも戦車一台に歩兵という部隊構成は現実的なのか?
戦車の指揮官の言うことを聞かない装填員、
手ブレに見えなくもない照準の挙動、
友軍の戦死者や捕虜を戦車内に入れたり、
搭乗員はハッチから顔を出すことも戦車の外に全く出ない。
戦車砲の弾の装てんシーンがない。など

これはリアルなのか?と疑いたくなるシーンも多いが、監督は実際の戦争に参加しているという、まあそこは映画だ。ラストでようやくセンチュリオン戦車だとわかった。
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『縞模様のパジャマの少年』(09年・米) [映画(12年~)]

「いいユダヤ人もいるんでしょ?」
「もし君がいいユダヤ人に出会ったなら、それこそ世界一の探検家だ。」

縞模様のパジャマの少年 [DVD]

縞模様のパジャマの少年 [DVD]




内容
ユダヤ人の迫害が続くベルリンから田舎の一軒家に引っ越してきた軍人家族。家の外には一歩も外に出られない中で、少年は窓から見える農家のような建物を見つけるが、両親はそのことを何も話してはくれなかった。退屈していた少年は閉ざされた納屋の窓から外に出てその農家のような建物に行ってみるが、周りを高いフェンスで囲まれた異様な場所だった。その内側に、同じ年くらいの縞模様の服を着た少年を見つける。

ポーランド旅行前に観たかった作品ですが、内容はさほど史実に忠実だとか固い映画ではなかった。むしろ童話のような柔らかさといいますか、子供の純な視線がずっと続く。『ライフ・イズ・ビューティフル』は大人からの視点を描いていたが、こちらは子供主体で大人は控え程度だった。良くも悪くもホロコーストを描いた作品。原作者はまだ若い人のようだ。

映画の中では収容所の中を健全的に描いた偽のドキュメンタリーを管轄外の軍人に見せるというシーンがあるが、これはホロコーストが極秘に行われていたという、収容所所長の家族もまた収容所の実態を知らなかったという事実を元に描かれている。映画は全編英語です。
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『ペルシャ猫を誰も知らない』(09年・イラン) [映画(12年~)]

いつだって、音楽は自由への翼なんだ。




http://persian-neko.com/

内容
西欧文化の規制が厳しいイラン。自由な音楽活動をしたいが為、偽造パスポートを作成して国外へ逃亡を図りたいアシュトンとガールフレンドのネガル。出国前に友人や家族の為に自分たちのインディー・ロックを聴かせてやりたいと、バンド結成を試みるのだが、無許可コンサートへの開催には数々の難問が立ちふさがる。

以外と知られていないがイランは映画大国で国内で制作される数は娯楽作も含めて多い。イラン革命後は西洋文化の禁止から作風は激しく制限されることになる。バフマン・ゴバディ監督は本作を最後にイランから離れたという。厳格なイスラム教国を連想するイランという国からは考えられない西欧文化的音楽の数々に驚いた。歌う曲も英語だったり、ペルシャ語のへヴィメタ、ラップ、ワールドミュージックなど多種に及ぶ。活動中の音楽家たちも自由を求めて国を出たがる人もいれば、現地に残って地道な音楽活動を続ける者などアンダーグラウンドの世界を垣間見る。個人の苦労が垣間見られるが手作りによるコンサート開催への道は観ていて楽しい。狭いながらも自由そのものだった。

全編無許可撮影による荒々しい撮影なのだが、生のイランという国が分かってくる。西洋文化の流入に規制をかけているとは言いつつも女性はスカーフから髪を出していることも、若者はバイクで遊んだりしている事もある。

映画の中ではナデルという便利屋(二人の音楽性を気に入り、国外逃亡へ手助けする。)が出てくるのだが、警察に捕まった時に恩赦を得る為に口八丁で減罪を試みるシーンでは「コーランに誓って嘘は言いません。」とかなり無茶苦茶な事を言う。ナデルの乗るバイクは250cc相当のもの(メーカーまでは分からない)だと思うが映画の登場シーンは多く、狭い路地や道路を走っている姿も壮快でまた自由への表現ではないかなと思った。(ノーヘルは3人乗りは当たり前)。
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